子供というのは、恐ろしいタイミングで核心を突いてくる生き物だ。 夕食の最中や、お風呂に入っている時、ふと真顔でこう聞いてくることがある。
「ねえパパ。パパは、ママのこと好き?」
さて、あなたはどう答えるだろうか。
「えっ、あー…うん、まあね」 「なんだよ急に。ご飯食べなさい」 「ママはどうかなあ?」
もし、答えに詰まったり、照れて誤魔化したり、視線を逸らしてしまったとしたら。 残念だが、父親としての偏差値は赤点だ。
「照れ」は、愛していないことと同じだ
日本人男性はシャイだ。「言わなくても分かるだろう」「空気で察してくれ」という美学があるのも知っている。 だが、子供にとってそんな美学は通用しない。
子供の目には、パパが一瞬でも言い淀んだその姿が、「迷い」として映る。 「パパは、ママのことをそんなに好きじゃないのかもしれない」 その小さな不安は、やがて「この家は、いつか壊れてしまうかもしれない」という無意識の恐怖へと繋がっていく。
愛する家族を不安にさせてまで守るべき「男の照れ」なんて、ゴミ箱に捨ててしまえ。
0.2秒の即答が、世界を救う
OU流の正解は一つしかない。 食い気味に、0.2秒で、子供の目を見て言い切るのだ。
「当たり前だろ! 世界で一番大好きだよ」
これ以外の正解はない。 嘘でもいいから(いや、嘘では困るが)、言い切るのだ。
その圧倒的な「肯定」の言葉を聞いたとき、子供は心底安心する。 「パパとママは大丈夫だ。僕の世界は平和だ」と確信する。 そして、キッチンでそれを聞いている妻も、口では「また大袈裟なこと言って」と呆れながら、心の中では確実に満たされているはずだ。
愛を「決断」し続けているか?
「好き?」と聞かれて即答できないのは、心のどこかで「愛する覚悟」が決まっていないからだ。
結婚生活は長い。喧嘩もすれば、嫌なところが見える日もあるだろう。 それでも、「俺はこの女性を愛し抜くんだ」と決断し続けている男だけが、0.2秒で答えられる。
それは感情の話ではない。「意思」の話だ。
迷うな。考えるな。 ライオンは、愛するものを守る時に躊躇したりしない。
次に子供に聞かれたら、チャンスだと思え。 あなたのその一言が、家族全員をヒーローのように救うのだから。