あなたは家で、妻のことを何と呼んでいるだろうか?
「お母さん」 「ママ」 「おい」
もし、子供の前だけでなく、二人きりの時でさえ「お母さん」と呼んでいるなら、それは危険信号だ。 その瞬間、彼女はあなたにとって「愛する女性」ではなく、「共同育児プロジェクトの同僚」になってしまっている。
名前を呼ぶことは、魔法をかけることだ
言葉には言霊が宿る。 「お母さん」と呼び続ければ、妻はどんどん「お母さん」としての役割を強化し、女としての顔を封印していく。 そしてあなた自身も、無意識のうちに「夫(男)」ではなく「お父さん」という役割に埋没していく。
結果、どうなるか? 「セックスレス」「会話は事務連絡のみ」「子供が巣立ったら他人」 そんな冷めきった関係への特急券を手にすることになる。
私はある日、決めた。 妻を「お母さん」と呼ぶのをやめ、付き合っていた頃の名前で呼ぶことにしたのだ。
照れくささの向こう側にあるもの
最初は猛烈に恥ずかしかった。妻も「何急に? 気持ち悪い」と笑った。 だが、諦めずに名前で呼び続けた。 「〇〇、おはよう」 「〇〇、髪切った? 似合うね」
すると、不思議なことが起きた。 妻の表情が、少しずつ柔らかくなっていったのだ。 家事や育児に追われる「戦場のような顔」から、ふとした瞬間に「女性の顔」が戻ってくるようになった。
名前を呼ぶという行為は、「君は僕にとって、ただの母親役割ではない。一人の大切な女性なんだ」という、強烈な承認のメッセージになる。
最強の父親は、最強の夫である
私たちOUは考える。 子供にとって最高の家庭環境とは、高価な知育玩具があることでも、広い家があることでもない。 「パパとママが、互いに愛し合っていること」だ。
両親が名前で呼び合い、尊重し合い、仲が良い姿。 それを見せることこそが、子供に「人と愛し合うことの素晴らしさ」を教える英才教育になる。
だから、今日から始めよう。 勇気を出して、彼女の名前を呼んでみてほしい。
最初は無視されるかもしれない。不審がられるかもしれない。 それでも続けるのだ。 それが、家庭に「愛」を取り戻す、最初で最大の儀式なのだから。